4つの言語

いまから25年ほど前、20代の頃、私は「3つの言葉が話せたらいったい頭の中はどうなるんだろう」と考えていたことがありました。母語の日本語と、英語はそこそこ話せたので当時でも2つの言葉を話すと言っても良かったと思います。そこで更に1つ別の言葉が話せるようになったら。なっちゃったら。自分の中ですごいことが起きるんじゃないだろうか。

いま私は4つの言語を話そうとしています。私の中には何か変化があったのでしょうか。頭の中はどうなっているのでしょうか。

何も奇跡的なことは起ってなんかいません。すごくないし、聡明になったとか、明晰になったとか、そんなことも無い。幾つかの異なる言語を理解して話すようになったというだけのことのような気がします。

他の文化から来た人と話ができたり、母語ではない言葉で書かれた文章を読んだりすることはできます。便利です。そのおかげでメンタリティも開かれてきたのだろうし、きっと人生がそのぶん豊かにはなっているのでしょう。でもやっぱり何か飛躍的なことは何も生じていないようです。自分のパーソナリティは外国に住んでいることによるコンスタントな異文化交流によってそれなりに変わったことは否めませんが、これは人間としての根幹の成長とは違います。

何が言いたいかというと、私が思うに、人として生きる上で、言語の習得や様々な技術の習得や得意なことを増やすことや、キャリアを積んだり成功を求めたりすることなんかよりも、もっと別次元のずっと大切なことがあるんだということです。それは例えば他の人に共感し、寄り添い、親切にすることです。そして自分にすでに様々なことが与えられていることに謙虚に感謝することも。

…そんなことに確信を持てるという点で複数の言葉が話せて良かったのかもしれません。

そんなことを考えていると2025年が始まりました! 今年は人として成長するぞー(決意の発表)。

山根 力