正直な人

イタリアにて。とある屋外駐車場に車を停めて数時間して戻ってきたら、ワイパーのところに一枚の紙が挟まっていました。なんだろう。見てみるとこう書いてありました。

 TOCCO AUTO
 LASCIO IL MIO NUMERO
 XXX_XXXX_XXX
 FEDERICO

日本語訳:
 車をぶつけてしまいました
 私の電話番号は
 XXX_XXXX_XXX
 フェデリコ

という感じです。そういえばトランクの近くにほんの少し傷がついています。

何という稀有な正直な人なのでしょうか、このフェデリコさんは!
驚きました。だって監視カメラも無いところなんですよ。何も言わなければゆうゆうと逃げ切れるところを。

書かれた電話番号にかけてみたら娘さんらしき方が出て「もしもし?」と。
私「あのー、先ほど車をぶつけたというメモを頂いたものなんですが」
娘さん「あ、はい! すぐに父にかわります!」
フェデリコさん「もしもし」
私「あの、メモを挟んでいただいたのですが」
フェデリコ「ああ、あなたですね。バックで転回しようとしたところ下がり過ぎてしまってあなたの車にあたってしまったんです。見たら少し傷がついてしまって。本当に申し訳ないです」
私「わざわざありがとうございます。それよりも何も、このように正直に行動して頂いて大変に嬉しいです」
フェデリコ「実は私も以前にぶつけられたことがありまして。それでこのようにするのが正しいかと…」
私「そうなんですか。私も以前に駐車場で車にぶつけられて、大きなキズがついたのに逃げられてしまっていたことがあったんですよ」

ここで補足:イタリアでは少々の傷は下取り価格にちっとも影響を与えないので、傷を付けられたほうは悔しいんですが金銭的損害はそんなに無い、というか皆無なのです。だからわざわざ連絡して来るというのは余程正直な心の持ち主ということです。

私「どうしましょうか」
フェデリコ「板金屋などで見積もりをとっていただければ、それを振り込みますので費用をお知らせ願えますか?」
私「いいですよ、でもいまはバカンスシーズンなので2週間ほど経って9月になってからでもいいですか?」
フェデリコ「もちろんです、問題ないです。連絡をお待ちしています。本当にすみませんでした」

自分だけでなく他人に対しても正直であるのはなんて清々しいんだろうかと感じました。もちろんフェデリコさんは逃げなかったので、幾らかの出費にはなることでしょう。でもその代わり、何ものにも代えがたい晴れ晴れとした人生を送ってゆかれるのです。

自分が損をしないようにより多くを稼ぐという考えではなく、いつも正直に生きる。
なんと立派なんでしょうか、フェデリコさん。声からして随分とお年を召していらっしゃるようでしたが私もそうありたいと強く思った2022年の夏でした。

山根 力